妹と将棋
第一話〜初段へ〜
>ガチャガチャガチャ、とせからしく玄関の扉が響いた。
すごい勢いで扉が開く。
飛び込んできたのは、17,8の女の子。
ロングヘアで、目鼻立ちがはっきりした、白い肌の女の子。
「兄さん、やったよ!女性初の奨励会初段!」
俺の妹、神野芹香(せりか)はそういってはしゃいだ。
「おお、おめでとう!よかったな・・・」
俺はそういって芹香の頭をくしゃくしゃとなでた。
彼女はこの日、将棋プロの育成所である『奨励会』という場所で、初段に昇段したのだった。
>彼と彼の妹は同じ時期に父から将棋を教わった。
彼が小学6年、芹香が2年のときだった。
父は将棋を知っているといっても、駒の動かし方と並べ方を知っているぐらいだった。
それでも、彼はなかなか勝てなかったが・・・芹香は違った。
覚えて1週間もたつと、教えたはずの父がもう相手にならない。
父が買い与えた『やさしい詰将棋』という本に載ってる詰将棋を、たった1日で全部といてしまった。
『この子はきっと強くなる!』
そう考えた父は、芹香を電話帳か何かで調べて、将棋道場へ連れて行った。
将棋道場というのは将棋好きの人たちが集まって、対局をして腕を磨いている場所である。
その予想は正しかった。
通い始めて半年後にはアマチュア初段。
さっと飛車を四間に振り、中盤までは互角の戦いに持ち込み、終盤で強烈なパンチを見舞う。
彼女の将棋はいつも四間飛車だった。
可愛らしい女の子が、大の大人と伍して将棋を指している。
たちまち道場の有名人になった。
おじさんたちに『お嬢ちゃん、強いな』といわれている彼女の顔は、とてもうれしそうだった。
4年生になるころには、もうこの道場で勝てる大人はいなくなっていて、道場の最高位である五段で指していた。
そして小学5年生のとき、幾多の将棋プロを輩出している『小学生名人戦』に出場。
実は、この大会以前からも、プロにしないか、という声はあったのだが、まだ彼女には全国的な大会での実績がなかったのだ。
そこで芹香はベスト4という堂々たる成績を残す。
このころから、彼女は口癖のようにこういっていた。
『あたし、名人になるの』
家でも、道場でも、彼女は一日一回はこういっていた。
おじさんたちは言う。
『うんうん、芹香ちゃんなら、きっと立派な女流名人になれるよ』
芹香が言い返す。
『違うの、あたしは名人になるの!A級に上って、名人になるの』
実は、女性が将棋のプロを目指すのに二通りの道がある。
ひとつは女性ばかりで戦う『女流棋士』という道。
こちらは『女流棋士育成会』という場所で半年に一度のリーグ戦を戦い、30歳までに2度の昇級点(リーグ戦優勝)を取れれば、女流棋士プロ2級として認められる。
もうひとつは、『新進棋士奨励会』に所属して奨励会員となり、そこで四段を目指して将棋を指す。
誰でも奨励会員になれるわけではなく、試験があって最低でも12,3歳でアマチュア四、五段の実力が要求される。
奨励会は6級から始まり、21歳までに初段、26歳までに四段にならないと、強制的に退会になってしまう厳しいものである。
芹香は小学生名人戦のあと、ある八段の弟子になり、6年生のときに奨励会の試験を受験。
見事それをクリアして、彼女は奨励会員になった。
ただ、ひとつ言っておかねばなるまい。
長い将棋界の歴史で、奨励会を勝ち抜いて、四段になった女性は皆無なのだ。
奨励会に籍を置いた女性さえ、過去においてそうたくさんいるわけではない。
それでも彼女は『ならあたしが一番最初に四段になる。そして勝ち抜いて名人になる!』
強い意志を持って、芹香は奨励会員としての生活をスタートさせた。
素人うちでは強い強いといわれた彼女も、全国からそういう子供たちばかりが集まってくる奨励会ではそう簡単に勝たせてもらえなかった。
当時奨励会にいる女の子は、芹香一人だった。
それに、容姿の端麗さも加わって、彼女は必要以上に注目されることとなる。
黒星が先行しては、何とかたまに白星がつく。
そんな成績が続いた。
・・・話題の割には。
やっぱり『お姫様』だね。
そんな心無い陰口も、彼女の耳に入るようになる。
将棋の厳しさを知ったのか、彼女は前のように軽々しく『名人になる!』とは言わなくなっていった。
それでも彼女は腐らずに、周りは男の子ばかりという環境で将棋の勉強を続け、ちょっとづつ強くなっていった。
入会一年後、はじめての昇級。
奨励会5級へ。
それから4年後、奨励会1級へ。
そのころから、彼女の周りもちょっとづつ騒がしくなってくる。
『美少女奨励会員、1級へ』
そんな見出しが将棋専門誌に躍り出る。
容姿のことは、たびたび専門誌に書かれたし、周りは男ばかりの世界なのでからかわれもした。
そういう周りの扱いに、彼女は少し困惑気味だった。
『顔で将棋を指してるわけじゃないんだけどな・・・』
いずれ顔ではなく、将棋で認めさせてみせる。
彼女はそう思っていた。
そんな芹香が一番傷つく一言があった。
奨励会で相手に勝つと『女に負けたよ』といわれることであった。
『神野に負けたよ』なら別になんとも思わない。
でも・・・女に負けたというのは、あまりにも差別的な発言ではないのか。
負けたら負けたで、『女の子だからなあ・・・』といわれるのも面白くない。
同じ土俵で戦い、同じ目標を目指している仲間ではないか。
四の五の言っても仕方ない。
結局は将棋で認めさせるしかないのだ。
ここは、そういう世界なのだ。
いずれ『神野は強い』と言わせてみせる。
そう心に決めて、彼女は男性ばかりの研究会に積極的に参加して腕を磨き、一人の時間も将棋の勉強を怠らなかった。
芹香は15,6のころから酒を覚え、帰ってくるのが朝近くということもしばしばあった。
酒タバコは20から?
パチンコマージャンは18から?
そんなもの気にしている奨励会員はいなかった。
彼女もよく遊び、よく将棋の勉強をした。
彼らの中の年齢制限は21歳までに初段。26歳までに四段。それだけだった。
このころから、週刊誌などの取材もたまに来るようになる。
『確かに、今まで女性で四段になった人はいません。しかし、いつか壁は破られるものと信じていますし、それをやぶるのもあたしであることも信じてがんばっています』
彼女は週刊誌の取材でそういった。
そして今日、また夢に一歩近づいたのだった。
>今俺は、芹香と二人で暮らしている。
実家からは奨励会が行われている将棋会館が遠いからだ。
兄妹二人暮らすだけなら、新卒の俺の給料でも何とかやっていけてる。
芹香も素人さんに稽古をつけたり、プロの将棋の記録をとったりしてお金を稼いでいる。
ちなみに彼女は高校には行かず、将棋一本で生活している。
最近の奨励会員では、珍しいほうだ。
「兄さん、今日は昇段祝いに、どこかおいしいとこ連れて行ってよ!」
にっこり笑って芹香はそういった。
昇段昇級したときの芹香の笑顔は、どんなときの笑顔よりもうれしそうだ。
その代わり、将棋に負けて帰ってきたときはもうこの世の終わりのような顔をしている。
思うような将棋が指せなかったのだろう、泣いて帰ってくるときもある。
芹香だけでなく、きっとどの奨励会員もそうなのだろう・・・。
「よし、じゃあお寿司でもいこう。でも割り勘ね」
「うわ、けちくさっ!今日ぐらい持ってくれてもいいんじゃない?」
そういって笑う芹香は、そこらの女の子と変わらない、普通の女の子の笑顔だった。
続
あとがき
・・・ひでえ。
小説も書いてないと、腕が落ちますね・・・。
たぶんこうやって書くのは1年以上ぶり・・・。
はじめましての方、はじめまして。
夜神楽と申します。
以前同じHNで小説大好きさんに投稿していたり、ソースケというHNでH小説などを書いていたものです。
将棋とか、将棋界の話が好きで書いてみたのですが・・・どーなんだろ。
これ、面白いのかな・・・w
一応、一人称と三人称が入れ替わる、ザッピング方式です。
うまく機能するといいですが・・・。
まあ、まだ第一話ですし、少し続けていきたいとは思っています・・・。
そのうちに書いていたときの感覚が戻ってくるといいですね。(人事みたいに・・・)
主人公を女の子にした理由は簡単です。
そっちのほうが面白そうだから。
実際奨励会を勝ち抜いて四段になった女性はいないわけですので、どうしてもリアリティにかける部分は出てくると思いますが、ファンタジー小説によくある『戦う女の子』を想像して読んでいただくと、少しでも楽しめると思います。
それでは次回お会いしましょう。
2007/5/29 夜神楽