〜第二話〜

 

学校の帰りの通学路。

「・・・・・・」

裕介が少しあきれたような顔で、恭子を見ている。

「・・・・・・」

その隣を歩いていた花恋も同様の視線を恭子に向けている。

「・・・なによ、二人とも。その顔は」

「だって・・・」

「なあ・・・」

花恋と裕介は顔を合わせ、ふう・・・とあきれたため息をついた。

「あのさあ、西里。お前がちょっと変わってるってのは知ってたよ。でもあのシーンで・・・」

「笑うことはないでしょう」

裕介と花恋の二人はたしなめるようにそういう。

恭子も黙って聞いてない。

反論を開始する。

だが、出てきた言葉は、

「だって・・・だって・・・面白かったんだもん」

まるで子供のいいわけだった。

 

事の起こりは今日のロングホームルームの5,6時間目だった。

その日は担任の計らいで視聴覚室でビデオ鑑賞ということになった。

鑑賞することになった映画は『タイタニック』。

ひとむかし前に大ヒットした、恋愛スペクタクルである。

ディカプリオ演じるジャックという主人公の男が船に乗り込んだり、彼がウインスレット演じるローズという良家のお嬢様に出会ったり、船の先端で二人がいちゃついたり、氷に船がぶつかったりするまではよかった。

問題はそのあとのシーンである。

氷山に船がぶつかり、船は真っ二つになった。

沈み行く船。

ローズは何とか救助船に乗り込めたものの、ジャックは冷たい海に放りだされてしまう。

恋人を案じながら冷たい海に沈んでいくジャック・・・。

涙なしに見られないシーンである。

事実、初めてこの映画を見たであろう女子生徒たちの中には、涙をぽろぽろこぼしているものも何人もいた。

だが、ただひとり。

「ぷっ・・・くくく」

なぜか笑いを我慢してる恭子。

「ははは・・・、くくく・・・ジャックが沈んでく・・・くくく」

・・・おかしなところに笑いのツボがあるらしい恭子は、必死で笑いをこらえているようだった。

クラスメートの数人がそれに気づき、回りにヒソヒソと恭子の様子を伝える。

普段おとなしくてクールな感じの西里が、なぜか感動シーンを見て笑いをこらえているぞ。

そんな感じである。

一気にしらける視聴覚室。

「ふふふ・・・ははは・・・。・・・?」

周りの空気に気づいた恭子は「こほんっ!」と咳払いをして無表情を取り繕ったが、時すでに遅し。

全クラスメートの奇妙なものを見るような視線が、恭子に突き刺さっていたのだった。

 

「将棋ばかりしているから、そんな変な感覚が身につくのではありませんか?」

やはり呆れ顔続行中の花恋が、そう恭子を非難する。

「将棋は関係ないでしょ。たぶん・・・」

ちょっと自信なさげに答える恭子。

確かに将棋のプロのエッセイやブログなんかをみていると、少し変わっている人が多いような気がするが・・・。

いやいや、私はプロではないのだし、ただの将棋好きの、普遍的な女子高生なのだと思い直す。

「恋愛経験が圧倒的に不足してるからじゃないのか?何ならかっこいいのを紹介してやろうか?」

冗談めかして言う裕介に恭子は

「結構。こう見えて私は忙しいの。そんな暇があるならプロの棋譜でも並べているわ」

と、すげなく断ってしまった。

まあ、裕介もこのときは本気で男の子を紹介するつもりもなかったのだが・・・。

それから一週間後、ちょっとした事件が起こるのだった。

 

ある日の昼休み。

恭子や花恋含むクラスメート達と談笑中のとき。

「青木。ちょっと、いいか?」

教室の窓からいきなり裕介は呼ばれた。

彼を呼び出したのは同じテニス部に所属する、二つとなりの組に属する男子生徒の水野。

裕介は彼と割と親しくしていて、部活が終わったあとにラーメンやファーストフードをおごったりおごられたりする仲だった。

「ちょっと、すまん」

その場に断りを入れて、裕介はその男子生徒の元へやってきた。

「水野。どうした」

「ちょっと相談が・・・ここじゃなんだから、学食のほうへ行かないか?」

少しおずおず、といった感じで彼はそういった。

「まあ、かわまないけど」

「すまん、助かる」

そういうと水野は微笑を浮かべて先に歩き出すのだった。

 

学食の裏手、パックジュース片手に人気のないベンチに二人は腰掛けた。

「で、なんだ?相談って」

ちゅうちゅうストローをすいながら、裕介は聞いた。

「実は・・・二年のとき同じクラスだった人が好きで・・・」

ちょっとテレながら、水野はそう激白した。

「ほう、それはそれは。で、誰なんだ一体?」

「お前と同じクラスの、西里さんなんだ」

「・・・・・・!」

思わずジュースを噴出しそうになった。

ただ、なぜ自分のところに相談に来たかは分かった。

彼には恭子と花恋が幼馴染であることを、雑談の中で話したことがある。

ともかくジュースをのどに流し込み、裕介は聞く。

「西里かあ・・・。で、どこが好きなんだ」

水野は恋するもの独特の潤むような瞳で語りだした。

「クールビューティーっていうか、あの冷静沈着なところとか・・・。物静かだけど、輝いているっていうか・・・大人びた顔とか・・・。ショートカットもとてつもなく似合ってて・・・それから・・・」

「もういい、分かった」

幼馴染を延々と色眼鏡をかけたボケ老人のように語られても、むずがゆいだけであった。

まあ・・・悪い気もしなかったが。

「で、どうすればいいんだ?どっかに呼び出す役ぐらいなら買ってやってもいいが・・・」

といって思い出した。

「そういやあいつ、『恋人になる男は最低でもあたしに二枚落ちで勝つぐらいじゃないといやね』とか言ってたな。本気かどうかはしらんが」

「二枚落ち?それって将棋のことか?」

「そうだろ、きっと」

裕介がそう答えると、水野の顔が急に輝きだした。

「そうか、将棋か。そういや彼女が休み時間に将棋の本を読んでいたのを覚えている。中学でテニス始めてからすっかりご無沙汰だけど、俺小学校のときは将棋部にいて、一番強かったんだ。そこから西里さんの気を引けるかも・・・」

「でもあいつ、半端なく強いらしいぞ。県の中で5本にはいる腕だ、とか豪語してたからなあ。俺もあいつと将棋したけど、どんなにハンデつけてもらっても勝ったことがない」

そういう裕介に水野は胸を叩いた。

「俺なら二枚落ちなら何とかなりそうな気がする。一週間、勉強する。青木、すまんがそれで告白の舞台を設定してくれないか?」

自身ありげに言う水野に、裕介は分かった、とだけ返事した。

 

で、当日。

「一体誰よ?放課後にあたしに用事のあるひとって」

「まあ、ちょっと待て。もうすぐ来るから」

結局裕介は、お前に用のあるやつがいるから、今日放課後残ってくれ、とだけ言って恭子を待たせている。

「すまん、またせた」

ガラガラと教室の扉を開け、水野がやってきた。

「あれ?用があるのって、水野君なの?」

それほど親しくなかった、去年のクラスメートが一体何の用だろう?

思案顔の恭子に、水野は先制攻撃とばかりに畳み掛けた。

「西里さん、いきなりで驚くかもしれないけど、俺、君の事が好きなんだ」

「えっ?」

もちろんあわてる恭子。

「いや、でも今あたし男の子と付き合う気持ちになんかならないし・・・その、いきなり・・・」

すると水野はかばんの中から、折りたたみの将棋盤を取り出した。

「二枚落ちで君に勝ったら、付き合うの考えてくれないか?青木から聞いたんだ。君と付き合おうと思ったら、最低でも二枚落ちで勝たないとダメなんだろう?チャンスをもらえないだろうか」

いきなりの告白にはあわてた恭子だったが、将棋盤を見つめる眼は冷静だった。

少し考慮して、恭子はこう答えた。

「いいわよ。二枚落ちであたしに勝てたら、付き合うの考えても」

 

こんな告白ってあるんだろうか。

告白した相手が、告白されたほうと将棋を指して、勝ったら付き合う。

まあ、恭子らしいともいえなくもないかな・・・。

そう思いながら裕介は駒を並べる二人をじっと観察していた。

水野は緊張しているようだったし、恭子はうれしそうに駒を並べている。

将棋をしているときの恭子はいつも楽しそうにしている。

大量のハンデをつけて、裕介にぼろ勝ちしているときもそうだった。

「じゃあ、飛車と角を落とすわね」

駒を並べ終えた恭子は、自分の陣地の二段目に並んでいる大きな駒を二つポケットへしまいこんだ。

将棋の二枚落ちというハンデはサッカーで言うとツートップのフォワードがいないぐらいのハンデだろうか。

相当なハンデにもかかわらず、恭子は余裕綽々に見えた。

「おねがいします」

「あ、お願いします・・・」

恭子が先に頭を下げると、水野もあわててそれに追随した。

それからすぐに、恭子の第一手目が堂に入った仕草で、ぱちり、と指す。

間髪いれずに二手目水野もぱちり。

三手目恭子ぱちり。

四手目のことだった。

水野が少し緊張気味に、そっと右側の小さな駒、歩(ふ)を動かした。

それを見て恭子は、感嘆の声を上げる。

「へえ。二枚落ちの定跡、知ってるんだ」

「今日のために部活も休んで、二枚落ちを一日4時間勉強したからね」

にやり、と少しニヒルな微笑で返す水野。

「それはそれは・・・。じゃああたしも本気で行かないとね」

にっこり微笑んで恭子は、ばちん、と少し気合を入れて駒を振り下ろすのだった。

 

それから一時間。

(二人ともよく考えるよなあ・・・)

裕介は結果を見届けようと、最初からずっと、二人の対局を見ていた。

将棋というゲームは、相手の王様を動けなくしたほうの勝ちである。

恭子の王様は水野の駒に追い掛け回されてすでに自分の陣地を出てしまっていた。

一方水野の王様もすでにお城を壊されて、逃げ切れるのか、つかまるのか、これも微妙なところだった。

そこで恭子が王手をかける。

(角で王手・・・)

水野はあせった。

王様を逃げ間違えると、あっという間につかまる可能性がある。

右はない。退路が狭すぎる。

上?

下?

それとも左・・・。

ここさえしのげば、こっちの勝ちだ。

よく見ろ、よく読め・・・。

勘に任せて王様をつまみ、上に逃げた。

それを見た恭子は、

「あ!はっはっはっ!上に逃げたの。そう」

呵々大笑すると、水野の王様のお尻に金を置いた。

(えっ?)

水野の王様が逃げる。

恭子の駒がそれを追う。

それから15手目。

「あ・・・」

水野の王様はとうとう逃げ道がなくなってしまった。

「どうかしら?」

にっこり得意げに微笑む恭子に、水野はこういうしかなかった。

「・・・負けました」

 

「うん、そうね。角で王手したときにこっちに逃げてたら、まだ分からなかったわね。上に逃げたら19手詰めが見えてたのよ」

得意げに言う恭子に水野は驚くばかりだった。

「19手詰めが分かるの?」

「まあ、いちおう。そんなに難しい形じゃなかったし」

「・・・・・・」

手合い違いだ、と水野は思った。

こりゃもっとハンデをつけてもらわんと勝てないな。

「というわけでお付き合いの件はなかったことに。うん、でもまあ、いい線いってたわ。続けてたら強くなるかもね。ありがとうございました」

恭子は局後の挨拶を交わす。

「ありがとうございました」

丁寧に水野も頭を下げた。

「じゃあ、あたし帰るね。バイバイ」

手をひらひらさせて、恭子はあっさりと教室から出て行ってしまった。

「うーん・・・残念だったな、水野」

ポン、と裕介は水野の肩を叩いた。

「ああ・・・でも、この告白、してよかったよ」

「そうか」

「俺の王様の逃げ道を見切ったときの彼女の笑顔・・・あんないい笑顔をする女の子だったんだな、西里さんって。それと・・・」

「それと?」

「西里さんがいつも輝いて見えた理由が、今の将棋で分かった気がするよ。彼女、きっとほんとに将棋が好きなんだろうな。それで、一生懸命打ち込んでる・・・」

かしゃかしゃと駒をなおしながら水野はいった。

「俺も好きなこと・・・がんばろう。そしたら、彼女のように、輝けるかもしれないな」

 

次の日。

「なあ」

裕介は朝教室にやってきた恭子に声をかけた。

「ん?」

「もし負けてたらどうしてたんだ?ほんとに水野と付き合うつもりだったのか?」

恭子は明らかにしなれていないと分かるウインクをして、

「勝負にタラレバはないのよ」

とだけ、返事した。

 

続く。

 

あとがき

こんにちは。

久しぶりの更新になります。

タイタニックのネタは、どこかの将棋雑誌に女流棋士があのシーンを見て笑った、というのを流用させていただきました。

初めてこの話を聞いたとき、『やっぱ将棋指しは伊達じゃないやあ』と感心したのを覚えています。

感想批評、楽しみにしておりますので、BBS、メール等おまちしております。


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